ちむどんどんって実話なの?どんな内容?時代設定は?気になることをまとめました!

今回は、NHKの朝ドラ「ちむどんどん」の内容や時代設定、実話を元にされているのかなど気になることについてまとめて見ました。

目次

ちむどんどんは実話なのか

結論から言うと、ちむどんどんは実話を元にしたドラマではありません。

「ちむどんどん」は脚本家の羽原大介さんがオリジナルで書かれた作品なので、原作や元ネタはなくキャラクター完全オリジナルです。

どんな内容なの?「ちむどんどん」第1話あらすじ(ネタバレ注意!)

沖縄県の北部 やんばる地方の、とある村で、サトウキビ農家の次女として生まれた比嘉暢子(ひが のぶこ)は温かく個性豊かな地元の人々に囲まれてのびのびと育つ。暢子は沖縄が本土復帰となる1972年に高校を卒業すると、上京してレストランで修行に励み、そこである男性と運命の出会いをする。彼女は東京の地で、沖縄料理に夢をかけ、困難に立ち向かっていく。

時代設定

舞台は1960年代、アメリカ統治下の沖縄の北部、やんばる地方の自然豊かな村に住む、仲良し家族、比嘉家からストーリーが始まります。
1971(昭和46年)年、比嘉暢子(黒島結菜)がシークワーサーを木から採って食べている。これは、シークワーサーが、これから先、ドラマのキーアイテムになっていくことを暗示しているかのようだ。
その7年前、1964年(昭和39年)、小学生の暢子(稲垣来泉)はシークワーサーがなる木に手を伸ばしたが、なかなか届かない。
暢子は、「うちは世界中の美味しいものを全部たべたい。」という。
そんな時、父・賢三(大森南朋)は暢子にシークワーサーを一つ採って渡した。
そして笑って、「自分の信じた道をいけ」と暢子に伝えたのだった。
その後、母と兄妹がやってきて、家まで競争。帰った後、家族全員でご飯を食べる。仲の良い家族の様子が描かれる。
そんなある日、暢子の小学校に東京から「ヤマトンチュ/本土の人」が転校してくる。
転校生の青柳和彦は、暢子が生まれて初めてみたヤマトンチュだった。
学校でどんな人だったかを聞かれた賢秀は、「靴下履いてる!」と言ったのだ。
主人公暢子は走ることは得意だったが、授業中、寝ていると先生に注意され、暢子が大事にしていた「おいしいものノート」を取り上げられた。そしてクラスでノートを読み上げられてしまい、、、
別の日、海辺で暢子の四人兄弟で海産物を食べていた時、ヤマトンチュの転校生、和彦に会う。
暢子は和彦に「これあげる、おいしいよ、ちむどんどんするよ。」と渡すのだが、
和彦は「ちむどんどんってなに?」と尋ねた。
姉の良子が「こころがドキドキするっていう意味。」と教えて
暢子が「ねえ、東京にはどんなものある?どんな美味しいものある?いつもどんなもの食べてる?」と聞くと
和彦は「沖縄になんか来るんじゃなかった。」と言い、立ち去る。

暢子は「悔しい」とつぶやいたあと、海に向かって「東京の美味しいもの食べたーい!」と叫んだところで1話が終了する。
シークワーサーと、沖縄の大自然と沖縄家庭料理。そして比嘉家それぞれのキャラクターが際立った第1話となりました。
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